12月4日にpixivisionにて場面緘黙漫画を単独で取り上げていただきました。
記事:「話さない」じゃなくて「話せない」だった。『かんもく少女が同人BL漫画を描いて人生救われる話』#このpixiv漫画がスゴイ

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連絡をいただいてからソワソワしていたのですが、記事公開後しばらくこんなかんじで↑TOPにババン!と載せていただいていたのでガタブルして汗だくになりました…w
でもこうして取りあげていただけるのはとてもありがたいです。


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公開直後は反響も凄く、たくさんのコメントやメッセージなどをいただきました。ありがとうございます!
温かい言葉をかけてくださる方が多く、とても嬉しかったです。

私は場面緘黙関連の事や自分の漫画については結構エゴサもしているのですが、「私もこれかも・これだったのかもしれない」、「身近な人がそうかも」といった声も多く、やはり知られていないだけで心当たりのある人は多いなあと実感しています。
 
pixivisionの記事で場面緘黙を「病気」と表記している事もあり(記事の内容は私はノータッチです。)、「私は病気だったのか…」「やっぱり自分はおかしいんだ」とショックを受けている方も見受けられました。
私も場面緘黙を知った当時は、「不安障害」「恐怖症」などと目にし正直ショックでしたが、
(数週間唖然として他の事を考えられなかったです)
場面緘黙症にしろ他の色々な症状にしろ、こうした診断名というものは、
名前が付いていたり分類されている事により色々な情報が得やすかったり、
「自分だけじゃなかったんだ」と思えたり、名前がある事で他の人に説明し理解や支援を受けやすくなるといった面もあります。
かんもくネット:「障害か?個性か?」の部分なども読んでみるといいかもしれません。

私自身、話せない事は自分にとっては長年当たり前だった事もあり、「病気だったんだね」と言われると
「うん…?そう…だったのかな…?そう言われてるみたいだね…?」となんともぼんやりした反応をしてしまうし、
私にとって重要だったのは病気という点ではなく、当事者に共通する傾向と言われている
「不安になりやすい気質を持っている」事や「本人の努力だけでは改善は難しい」「自分が悪い訳ではない」というのを知り、場面緘黙の知識を元に現在の自分を分析し直し、自分を認め色々な対策を練る事でした。 
場面緘黙を知る前から少しずつ自分の性格や得意不得意はわかるようになってきてはいましたが、
自分も場面緘黙だったという事を知ったおかげで自己分析がもの凄い勢いで進み、今現在は知らなかった頃よりとても楽になったし緘黙の後遺症を感じる事も減ってきました。

なので悪い方に捉えるのではなく、こうした名称が付いている事を上手く利用すると言いますか…
自分の苦しさや状況の改善に役立てる方向に持っていけるといいのではないかなあと、個人的には思っています。


後日漫画の補足の記事も書けたらなと思います~


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